ケイドロの爽快感が心地良くて、年一回は読んでしまう。
スコットランドヤードゲーム
著:野島伸司
スコットランドヤードゲームとは刑事と怪盗のチームに分かれ、ロンドンや近年では、東京を舞台に電車・バス・地下鉄の交通機関を用いて、ケイドロをするボードゲームである。
警察が制限時間の24ターン以内に逮捕出来れば、警察の勝利
怪盗が制限時間の24ターンを超えて、逃走出来れば、怪盗の勝利
そんなゲームを舞台に進む物語。
刑事は大切な怪盗を捕まえる主人公であるタルトこと石井樽人
刑事サポート役はホームズ兼ワトソン君なタルトの同居人のクッキーこと久喜夏彦
そして、我らが素敵な怪盗であり、お姫様のアンズこと須永杏
作中では、24日というのは人と人の関係性が構築される最低限の期間と語られている。その24ターンでアンズが好きなタルトは24ターン=24日以内に捕まえることができるのか。
あらすじ
湘南の鵠沼に住むサラリーマン・石井樽人は、深夜のマンガ喫茶で知り合った女の子に恋をする。彼女の名前は杏。ケーキ屋「ミニョン」を営む祖母のマキさんが、通院している病院で働く看護師だった。樽人は自分の気持ちを伝えるが、彼女は心を開かない。杏は、三年前に大切な人を亡くした喪失感から立ち直れないでいた。その力になりたいと悩む樽人に、同居人であり親友の久喜夏彦は厳しくも優しいエールを送る。樽人は、二十四日以内に杏を恋人にすることができるのだろうか。脚本界のトップランナーによる、甘く切ない小さな恋の物語。
スコットランドヤードゲーム 著:野島伸司 小学館
表紙のイラストはカスヤナガトさん
素敵なイラストでアンズタルトクッキーが描かれているのですが、読みすぎたせいか、セロテープで補強する始末。なぜ、補強するまでに読んでしまうのか。
それは、心地良い会話からなされる圧倒的な読みやすさ。
地の文が一般小説よりも少なく、むしろ台本を読んでいる。そんな感覚に陥ります。小説を読むというよりは、芝居を見ているような。
作者の野島伸司さんは小説家ではなく、映画やドラマの脚本家ということもあってか、会話を中心に物語が進行していく。そして、その会話が面白く、リズムよく頭を駆け巡っていく。
「名前は?」
「須永」
「下は?聞かなかったの」
「一応聞いた。アン」
「アン?どんな字」
僕は、ボトルの滴でビリヤード台に"杏"と書く。
「アンズの杏だね」
「ああ」
「いいね。メルヘンだ。アンズタルトの物語」スコットランドヤードゲーム 著:野島伸司
小学館 2012年出版 63頁
タルトとクッキーが会話をしている場面であり、地の文が会話を引き立て、リズムに乗った会話が心地良いし、言い回しがとても好き。
「ああ、欠点と長所は庭先のブランコのようなものだ。風もないのに、揺れてカワイらしい」
「風もないのに揺れたら怖いよ」
「でも揺れないブランコは虚しい」
「ブランコは虚しいとか考えないよ」
「ブランコじゃないのにどうして分かる?」
「君だって、ブランコじゃないよ」
「だったら誰にも分らないね。ブランコの気持ちは」
「カワイソウなブランコ」
「カワイソウなタルト」
「カワイソウなクッキー」スコットランドヤードゲーム 著:野島伸司
小学館 2012年出版 225-226頁
こちらは会話のみのタルトとクッキーの会話場面。
先ほどの引用部分よりも、リズムや芝居の感覚が強い。ここまで会話が多く、地の文が少ない作品はあまり多くない。だからこそ、地の文が入ると、緩急がつく。あれ、さっきまで、ふわふわした会話だったのに、めっちゃかっこいいじゃんと感じることができるのも好きなんです。
「時間の経過?」
「そう。人間は気持ちを後で反芻する生き物だ。彼女は一人アパートに戻って、君の事を思い出す瞬間があるかもしれない」
「どうかな」
「素敵だと言われて嬉しかったのは間違いないだろう」念を押すように夏彦が言った。
「まぁね」
「それを反芻する。すると、君を目の前にしていた時とは違う結晶作用が生まれるかもしれない」
「なんだい?結晶作用って」無知な教え子みたいに、僕は夏彦に聞いた。
「スタンダールさ。今度読んでみるといい」無知な教え子を諭すように、夏彦が言った。スコットランドヤードゲーム 著:野島伸司
小学館 2012年出版 67-68頁
こちらも、タルトとクッキーの会話の場面。
スタンダールの結晶といい、クッキーはおしゃれで言い回しに憧れる。全体的にお洒落なんだけど、背伸びをしていない。等身大のかっこよさと親しみやすさがある。僕はこの言語+芝居+音楽=ミュージカル感が心地良く、落ち着いているときに聞くときもあれば、かっこいいロックのようなものとも感じられる。
(スタンダールは初めて読んだとき、全く知らなくて調べました。)
もう一つの理由として、何よりタルトに共感する部分がとても多い。
作中では、タルトの心理状態を実際のゲームで使用する刑事(コマ)に表している。
漫画喫茶の衝立越しに会話をするアンズと出会い、ひょんなことから病院で勤務する看護師のアンズが愛憎の故に刺された緊急患者を懸命に対応している姿を見て、恋に落ちる情熱的な一面を持つ赤の刑事
アンズに遠距離の彼氏がいるということを知り、振られるものの、職場の合コンでまさかの対面。そして遠距離の彼氏は既に亡くなった過去を知り、クッキーと共に分析をする冷静な一面を持つ青の刑事
アンズはタルトのお父さんが子宮の中にいる生前に亡くなった過去を知り、過去の恋人との喪失を限りなく近い感情で重ね、タルトに甘えるも恋人関係にはなれない悲しい依存される一面を持つ緑の刑事
ぬるま湯につかるような関係の中、アンズが過去の恋人からプレゼントされた時計がいまだに動いている話を聞き、亡くなった恋人との関係が今も時を刻んでいることに気づき、嫉妬する一面を持つ黄の刑事
全てを受け入れ、 成長し、たくましく怪盗を捕まえる素敵な行動力がある一面を持つ黒の刑事。
燃え上がって、落ち込んで、予想していない展開に転んで、またある時は嫉妬して、最後には受け入れて、切り開くために行動するタルトが人間らしく、本当に好きなんです。
読んでいると、「ああ、わかるわかる」と共感できる部分も多く、最後のある場面のタルトは心が非常に強く、すごい憧れる。僕はまだまだ未熟な部分もあるし、落ち込んだり、少しは強いとこもあると思う。だけどまだ最後の黒い素敵な行動力のある刑事にはなれていない。でも読むと忘れていた感覚や感情が再び開花する。僕もいろんなことを楽しんで、楽しんで、頑張らないと。読後の爽快感はここにあると思う。
そんなこんなで、読みやすい・爽快・僕がめちゃくちゃ共感できるの三点が読み返す理由です。
実際のスコットランドヤードゲームで使用する刑事たち
感情戦隊(左から嫉妬、情熱、行動、冷静、依存)
スコットランドヤード 東京 (Scotland Yard) 266357 ボードゲーム
- 出版社/メーカー: カワダ
- 発売日: 2014/06/28
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