【感想】飲食店勤務経験者へ贈る濃縮90分のワンカット映画 『ボイリング・ポイント / 沸騰』

フレンチフルコースを楽しむ時間が90分のように、人気レストランの中で起きる仕事や人間関係をワンカットで表現する怪作映画。


多くの人は多様な関係の社会という世界を生きている。その場限りの挨拶をする関係から、時間をかけることで仲を深めていくこともある。この映画は第一印象での判断から、長い付き合いでそのメッキが剝がれ落ちてしまった人間を丸裸にした感情がスクリーンに映し出されている。

 

クリスマスの厨房の中、全員を巻き込んだ人間感情の多様さがどんどん許容範囲を超えていき、いずれ心の水面張力で保っていた感情が溢れ出すその瞬間を見ることができる。いや瞬間でなく、その前後関係まで見ている僕らもその厨房及びホールに立っているのだ。客であったり、時にはそこの従業員として。垣間見えたり、切り取りされた編集ではない。会社の報告書やニュースの見出しで知る概要でもなく、見ている本人がその職場にいるかのような没入感があり、非常にピリピリとした雰囲気を味わえる。

 

あらすじ

一年で最も賑わうクリスマス前の金曜日、ロンドンの人気高級レストラン。その日、オーナーシェフのアンディ(スティーヴン・グレアム)は妻子と別居し疲れきっていた。運悪く衛生管理検査があり評価を下げられ、次々とトラブルに見舞われるアンディ。気を取り直して開店するが、予約過多でスタッフたちは一触即発状態。そんな中、アンディのライバルシェフ・アリステア(ジェイソン・フレミング)が有名なグルメ評論家サラ(ルルド・フェイバース)を連れてサプライズ来店する。さらに、脅迫まがいの取引を持ちかけてきて…。もはや心身の限界点を超えつつあるアンディは、この波乱に満ちた一日を切り抜けられるのか……。

映画『ボイリング・ポイント/沸騰』公式サイト あらすじより

 

予告映像

主人公アンディ役を「ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ」「アイリッシュマン」のスティーブン・グレアム。監督:フィリップ・バランティーニ。

 

 

以下、ネタバレや作品のテーマに触れていきます。

   

 

爽快感はなく、ただひたすらに不穏な空気を感じる作風が面白い。一般的というか普遍的なエンタメ作品としては、暗いシーンを少なくすることが多いだろう。ここでは一切の妥協をせず、クリスマス前の大人気レストランの厨房なんだ。

だから本部的な立ち位置の衛生管理官が自身の仕事を淡々とこなす。その人からしたら、仕事なのだから。自身の立ち位置であるホールを贔屓目で見るSNSマーケティングのみのマネージャーがいたり、バイトという少し社員とは異なる立場だから良くも悪くも柔らかい人たちもいる。

でも、実際の世界だってそうだろう。目まぐるしく働く人と究極的にだらけている人。そして中間を占める平均的な立ち位置の人。ここの厨房とホールはそんな社会の職場の縮図をリアリティある姿で描いている。僕も学生時代に厨房といわゆるカフェでのホールを体験したことがあるが、皆それぞれ目線や考え方が違うから、良い折衷案でみんなが世を渡り歩いている。

だが、ここの映画は一つカットしている部分はある。

それは崩壊90分前の職場をフィルター加工なしでそのままにしている。

だからクレーム対応が起き、プロポーズのお客様に対して、大やらかしをする加速度的に最悪な出来事が上塗りされている状況に心臓が掴まれている感情になる。

 

この作品の副菜ともいえる、髄所に見える人間関係から想像させられる姿もまたいい。

特に以下の3つが印象的だった。

・ある客が白人至上主義のように、同族でないスタッフには横柄な態度を取る。

 

・自称なのかわからないがインフルエンサーが写真を撮影しているところから、客のもめ合いや終盤の食品アレルギーの問題を配信している様子から、恐らくネット上でもこの店が炎上してしまう未来が見えたり。

 

・主人公であるオーナーシェフのアンディ(スティーブン・グレアム)の信頼がどんどんなくなっていくのは職場と劇場にいた人も含めて、悲しくも共感してしまった。

特に終盤の泥船である職場をなんとか支えている副料理長カーリー(ヴィネット・ロビンソン)と肉をメインとしているコックのフリーマン(レイ・バンサキ)の信頼が完全に底に落ちてしまうシーンは非常に心にくるものがあった。

 

これは2022年の7月時点では今年のマイ映画ベスト3に入るぐらいの体験でした。

上映館が少ないから、全国的に広がって欲しい。

人間関係や職場はこうやって崩壊する例としてもいい例なのが皮肉です。

 

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