究極の取り越し苦労の物語
相手のことを考えるも、自分の心が傷ついて。かといって、もう一人でいいやと考えると孤独に押し潰されそうになる。
しかもその取り越し苦労で、自分をまた追い詰めてしまう。
そんな体験一度はあるはず。
マーベル・シネマティック・ユニバースによる『アベンジャーズ』をはじめた作品が、キャラクターの誰かに共感できるように作られているのと同じく、この作品もまた共感をする人が多いはずだ。
世界中が共感できる要素を盛り込む『アベンジャーズ』クリエイティブ | ORICON NEWS
主人公のハリネズミがとても共感できるというか、まるで自分の物語なのでは…と勘違いを起こすほどに。
あらすじ
主人公のハリネズミは自分の背中にあるハリがコンプレックスで、他の動物たちと上手く付き合えません。そんなハリネズミが自分の家に他の動物たちを招待しようと思い立つ。
しかし、あれがなかったら帰ってしまうんじゃないか。これがあるから、みんなが来ないんじゃないかと考えを巡り巡り、みんなに手紙を出せないでいるハリネズミ。
孤独なハリネズミがもし家に誰かを招待したらと脳内で繰り広げられる物語。
孤独がちで、優柔不断なハリネズミ。
でも大切なことに気づかせてくれる。
大人になって良くも悪くも、仕事や家庭やその人の状況を考え、人を誘うのに億劫になりがち。そんな現代の大人になったからこそ、改めて気づきたいことがここにある。
ラストは泣きそうになるので、家で読むことをお勧めします。
本編のみに限れば168ページ。59章に分かれている物語に加え、随所にハリネズミたちの挿絵もあり、読みやすい。以下のリンクで試し読みできます。
ハリネズミの願い | トーン・テレヘン/長山さき/訳 | 無料まんが・試し読みが豊富!eBookJapan|まんが(漫画)・電子書籍をお得に買うなら、無料で読むならeBookJapan
「ハリネズミの願い」は2018年僕のおすすめ本TOP5にノミネートされてる作品でもあります。
以下本作のネタバレがありますのでご注意ください。
コンプレックスと個性
主人公のハリネズミは、自分のハリが嫌いだ。
だけど、自分のハリを取ったら、ハリネズミとしての個性が消えてしまう不安に駆り立てられる。
ハリネズミが脳内で、みんながハリを怖がっていると考える場面がある。(5章)ぼくのハリってどうってことないから、みんな訪問してよと言うのと同時に、「ぼくのハリってどうってことないものなんかじゃない」とも考えていて。
ハリネズミにとって『ハリ』は、コンプレックスであり、自分の『個』としても欠かせないものでもあるのだ。
逆にその個性である『ハリ』がみんなの動物たちに生えていて、自分だけが生えていない想像をするも、ハリがないハリネズミに他人と同じでない違和感を覚えるハリがある動物たち。怖くないよと叫ぶものの、その声は届かない。
まるで現実の自分にも叫んでいるようで。
ハリネズミは自分のハリを含めて、ありのままに受けいれて欲しいのだ。
でもそれは、わがままや傲慢でもない。
自分と真摯に向き合ったからこそ、ありのままに受けいれて欲しいという答えにたどり着いた。
ハリネズミの苦悩と対話
誰にも書いた手紙を出していないけれど、誰かくるかもしれないからカップを二つ用意してみたり。
みんなが美味しいケーキを作ってみたりする。もしダメだったら自分で食べればいいと考えたり様々な会話や失礼がないかをあれこれと考える。
また、来たら嫌な動物たちのことも考える。
勝手に家のモノを食い荒らすクマや家具や個性である『ハリ』を売ってしまうキリギリス。自分の話や主張だけをして帰るキリンやネズミ。
もし自分の家に訪れたとき、相手に不快な思いをさせてしまったときの自分をハリネズミが他の動物を通じ、シュミレーションや悲劇についても考えるのだ。
ハリネズミは他者との関係と自分自身の心との対話を架空の訪問者を通じ、行っている。
フクザツだけど、タンジュン。
タンジュンそれこそがフクザツ。
迷って、進んで、また戻って。
架空の友達を通じて、自分の『ハリ』の個性に気付いたり、架空の友達に本当の友達がいることを知って孤独を感じたり。
あれこれベッドの上やベッドの下、テーブルや外で考えを巡り、思い悩み前に進んではまた最初に戻ってしまう。
少なくとも一度はみんなもあるのではないか。
もちろん僕も思い悩んで、後ろに下がってしまうこともある。
最後にはそんな会話を繰り返し、ハリネズミは訂正を重ねた招待状をビリビリに破り捨てる。
誰も訪ねて欲しくない。
だってぼくには孤独がお似合いなのだと。
読むにつれてどんどん、ハリネズミを抱きしめてあげたくなる。
願いのノック
そのとき、ハリネズミのドアをノックする小さな音がした。
リスがきた。これまでの想像の中のどれでもない動物。
またドアがノックされた。
「だれ?」とハリネズミは聞いた。
「ぼくだよ」と声がした。「リス。入れてくれる?」
「なんで?」
「わからない。ただなんとなく。だれか訪ねてきたらハリネズミが喜ぶかもしれないって思ったんだ」
ハリネズミの願い 著者:トーン・テレヘン(Toon Tellegen) 翻訳:長山さき P163から引用
読んだときも、書いている今も涙が止まらなかった。
これまで進んでは戻り、思い悩んでいたハリネズミに本当の友達ができたというよりも、ハリネズミには、ありのままに受けいれてくれる本当の友達がいたのだから。
彼のとっておきのアザミのハチミツとリスが持ってきたブナの実のハチミツと共に紅茶を飲み、ときおり彼らは頷く。
まるで、時が止まればいいのと互いに思うほどに。
仮にハリネズミが苦悩しなくても、恐らくリスは来ただろう。
だが、ハリネズミが苦悩したからこそ、リスの訪問がハリネズミにとっての「自分の個性を含めて受け入れてくれる」願いに繋がった。
ハリネズミは長い冬眠に入るからより日々の不安に敏感だったように思える。
ましてや冬眠から覚めた後、より孤独を感じてしまうのではないかと。
これは僕たち人間も同じで、時の経過や学校や仕事での環境の変化は良くも悪くも影響を及ぼす。
リスからの「また会おうね!」と書かれた手紙を受け取ったハリネズミと同じく心が満たされ、あふれ泣いてしまう。本当に電車の中やカフェであろうと泣いてしまう。
ハリネズミは孤独で、何も確信がもてなくて。
でも、彼だからこそ、たくさん考えたり、『ハリ』という個性を持っている。
彼は強い。それに友達もいる。
この作品はまた会いたいから、「またね!」といえる友達がいることの大切さに改めて気付かされる。
僕の願いはハリネズミと同じく、どんなときでも、「またね!」と言える友達がいることなのだ。
読み返してみて
やっぱり泣いた。
好きだけど、読み返すのに感情が落ち込み落ち込んで、一気に盛り返す展開に心がオーバーフローを起こす。大好きだけど、読み返したくないという。
ただ1回目と2回目で細かい点だったり、各章の考えが違うようにも捉えられていて。
今回はタイミングがよく、リスという訪問者がいた。
今度は、ハリネズミでなく、主体的なリスにもなるべきだとも捉えられました。
また3回目、4回目とまた新たな発見がある。
読めば読むほどに表情が変わる作品だと感じました。
ハリネズミ君に共感できる人は、本当にハリネズミ君が大好きで大好きでたまらないし、僕もその一人だ。
次はこれも読んでみたい。リスが主役のお話。